● PTSDの自分は、どこにある
健康な人が呼吸に注意を集中して、頭を空っぽにしようとする時の脳をfMRIで観測すると、「自己」の感覚を生み出す諸領域が活性化します。
その部分は目の直ぐ上から始まり頭の正中線(頭を左右に分ける中央の線)て後頭部に繋がる部分です。 脳の領域でいえば、脳の前部より始まり、 「眼窩前頭前皮質」 、「内側前頭前皮質」、 「前帯状皮質」 、 「後帯状皮質」 、 「島」 から成ります。 「自己認識のモヒカン刈り」と表現されています。
「身体はトラウマを記録する」の本では、幼少期の深刻なトラウマを抱える慢性的なPTSDの18人の患者さん達について記述があります。 上で示しました自己感知領域のどれもほとんど活性化が見られません。 唯一、かすかに活性化を見せたのは、私達の居場所についの体内GSPのように身体感覚を与えてくれる後帯状皮質です。
● 失われた自己感覚
PTSDの人は残っているトラウマの恐怖に対処する為、脳の特定の領域の機能を停止することを学んでしまっています。 身体感覚や情動を伝える領域で、自分が自分である事を分かる自己認識を担う脳の領域です。 先ほど説明した脳の領域の「自己認識のモヒカン・ライン」にあたります。 それらが停止しているので、自己認識の欠如が生まれています。 それが極めて酷い症状を持つ患者さんの場合は「鏡に自分が映っても自分だ」と認識できないことが生じます。
これは極めて重要なことを示しています、「自分であって自分を感じられない」ことです。 「自分がない、自分が分からない」 そうなると、何が楽しいやら、何がしたいかも分かりません。 主体的に人生を生きることができなくなっています。 深刻です。
またPTSDの人は、身体のあちらこちらの広い範囲で何も感じない「感覚麻痺」の人が多いです。
● 自分を取り戻す
失われた自分(自己認識)を取り戻すには、自分の内部で起きている情動や身体感覚を取りもどす必要があります。
本の中で、神経科学者のジェセフ・ルドゥーとその共同研究者たちは、 「情動脳に意識的にアクセス出来る唯一の方法は、自己認識を通じてである」と示しました。
更に「もとより言語は外部の世界を他者に説明する為に発達してきたので、人は自己の内部の世界を語ることは得意ではありません。」 それに対して絵画、舞踊、純文学など芸術家は、情動や感覚頼りに自身の内部の世界を表現します。
PTSDの治療には芸術家のそれと同じアプローチが患者さんと治療者に必要です。 情動と感覚を頼り内部の情動脳に意識的にアクセスします。
例えば一時的な感情の高ぶりによる怒りを直ちに露わにするでなくて、その怒りを生んだ他者からの働きかけを、自分が内部でどのように解釈して情動や身体感覚に至ったかを感じることです。
また理性的であろうとして、一時的に湧き上がる感情を押し殺したりたり、気づかない振りをしたりして、やり過ごして来た生活に気づくことです。
この様なことは何もPTSDの方だけでなく、自分らしく人生を生きる上で、私を含め普通の人々が持つ一般的な悩みと、なんら変わりはありません。 そう考えるとPTSDという極端な症状を理解する事は、普遍的な私達のありようの理解に繋がります。
(2018/5/28)