●ニューヨークの世界貿易センターでのトラウマと「はり」
2001年にあった米国ニューヨークの世界貿易センターへのテロ攻撃によりトラウマを被った人々の225人に、どのような治療が自分の体験の影響を乗り越えるのに最も役立ったか、2002年の初めに学術的調査が行われました。 調査は、グリニッチヴィレッジにある聖ヴィンセント病院の精神科のスペンサー・エズ医師と医学生により行われました。
その結果は、
何と1位は「はり治療」で2位はマッサージでした。 3位はヨガ、4位はEMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)でした。
一般にメンタル症状の治療は、心の問題や脳の問題であるので、セラピストによる会話のカンセリングであったり、医師による薬物治療であったりして、多くの鍼灸師の馴染みの肩こり、腰痛、膝痛と言った運動疾患系とは毛色が違って鍼灸師が手が出しにくいところがあります。
しかしニューヨークでの調査結果は、メンタル疾患に対する鍼灸の適用を考える上で大きな希望を与えてくれます。
この結果の更にすごい点は、国立保健研究所などが参加した専門委員会が被害者救済の最善の治療法として推奨した2つの治療法の、精神分析を重視するセラピーと認知行動療法を押しのけての結果です。 当然西欧医学の薬物治療も調査の対象に含まれている中で、
ニューヨークの深刻な被害者自身が選んだのは、精神分析でもなく、認知行動療法でもなく、薬物治療でもなく、
1位が鍼で、2位はマッサージです。
これは何だかすごい事実を私達に示しております。「トラウマの解消には鍼が効き、1番支持された」と、この事実は示しています。 鍼灸に携わっている者としては、大いに勇気づけられます。
●トラウマのPTSDとその他のメンタル疾患に、はりを考える
鍼がトラウマのPTSD(心的外傷後ストレス障害)の改善に効果があることが分りました。
それで次は日々の治療の中でどの様に具体的な治療を行うかを、最新の脳科学やメンタル医療の知識を基に考えます。
トラウマのPTSDだけでなく、一般的なうつ病を含むメンタル症状全般に対し、新しい鍼灸的な視点での病気の理解をおこないます。 鍼灸的な視点での病気の理解ができれば、おのずと鍼灸の枠組みの中で出来る事が見えてきます。
ちょっとだけ鍼灸の専門的な話になって申し訳ありませんが、メンタルの鍼と言えば、中医学の古典書の「素問」の30番の陽明脈解編には「足の陽明の脈が病むと、気が高ぶって、木の音を聞いて恐れたり、木に登って歌ったり」と書かれています。
それを解釈して、臨床で使うとなると急に鍼灸の難易度が高まります。 理由は素問には具体的な施術法までは記載されていないからです。 いろいろな解釈ができて、実際に鍼灸師十人十色のいろいろな解釈があります。 効果の程も様々です。
それで私の解釈では、陽明胃経と言えばあの有名な芭蕉も使ったいわれている足三里のツボを使います。 奥の細道の旅の最中に、日々の歩行で疲れた足の回復に使ったツボと芭蕉自身の記述があります。 また頭に昇った気を下げるツボとしても有名です。 それで興奮気味のメンタル疾患の患者さんには、まずは足三里にハリをします。
実際にかなり重度のメンタル疾患の患者さんに「足三里にハリ」をする機会がありました。 そうすると、患者さんの興奮が直ち(数分以内に)に治まり、まるで仏様のような穏やかな顔になり、それを見た病院のスタッフの方や、回りの人達からも驚かれた経験があります。
それを西洋医学的に説明すると足三里の鍼をすると腹動脈の血流が増えることで(エビデンスがあると聞いています)、その腹部に増えた血液の分だけ頭の血流が減る事になり、それで頭の脳の活動低下により異常興奮が治まります。
PTSDやうつ病と言った病気に対しても大枠で、上の足三里の西洋医学的解釈と同様に、ここに症状が出ているとか、脳内のある部分にある特異な反応がでているので、そこに鍼をすることで身体や脳内に生理的な反応が生まれて、症状が改善するといった少しは科学的な裏付けと治療の再現性を見込める検討をしたいです。
●ベッセル・ヴァン・ディア・コーク先生
その為には、最低限のメンタルの病気の知識が必要です。 それをトラウマ治療の世界的第一人者であるボストン大学医学部精神科教授のベッセル・ヴァン・ディア・コーク先生の著であり、2016年10月に日本で翻訳出版された「身体はトラウマを記録する」を教科書にして説明します。
「身体はトラウマを記録する」大変に素晴らしい本です、本の帯には「世界的第一人者の集大成」と書いてあります。 読めば市井の鍼灸師でも(私のことです)メンタル症に対する広範囲で最新の知識が獲得できます。
ベッセル・ヴァン・ディア・コーク先生は、トラウマとは「心の病」でなく」、「身体に刻まれている原因不明の症状」であると言われています。 それは筋肉のコリであったり、痛みであったりする訳で正に鍼灸の適応症状の一つのようです。
では早速お伝えします、一つ一つの知識でなく、それぞれを積み重ねて全体像として新しい鍼灸的な視点を作り上げる基礎となります。 東洋医学で言うところの全人的な視点での理解です。 ポイントだけを取り上げますので、ちょっとだけ大変ですが、お付き合いをお願いします。
2018/4/23
加筆、修正少々 2018/10/1
2024/2/23