メリーランド大学の研究者であったスティーブン・ポージェス先生が、1994年に「多重迷走神経理論」を発表しました。 その理論は、ダーウィンが1872年に出版した、「人および動物の表情について」などの生物的な考えを土台にして、自律神経の働きを説明します。
その理論では人を取り巻く、周囲の安全と危険に対する反応を、「社会的関係」を基にして哺乳類的な生理反応として説明します。
緊張を感じている時に、優しい顔を目にしたり、心が落ち着く声を聴いたりすると感じ方が変わる理由を説明してます。 無視されたりはねつけられたりしたら、急に激しい怒りに満ちたり、精神的な虚脱状態に陥ったりする理由も分かります。
またその理論は、覚醒を調整する為の体のシステムを強化することに焦点を当てた、PTSDの治療の新たな取り組み方も提唱しています。
ベッセル・ヴァン・ディア・コーク先生はトラウマの患者さんの症状の理解と治療の為に、この理論を高く評価されています。 鍼灸師にとっても患者さんの症状の理解と治療法についてや、東洋医学的治療の意味を現在西洋医学の生理学的視点で理解する上で大きな助けになります。
多重迷走神経理論(ポリヴェーガル理論)は、迷走神経(副交感神経の主たる神経)と交感神経とで作られる自律神経支配の3つの状態を説明しています。
3つ目が背側迷走神経複合体です。 闘争も逃避もできない時に、最終手段として凍りつく・死んだふりを作りだします。
凍りつく・死んだふり時に交感神経と副交感神経がどうようになっているか、ベッセル・ヴァン・ディア・コーク先生の 「身体はトラウマを記録する」 の本の中に明確に記述されていません。 ネットを探してもいろいろと説があって混乱するばかりです。
例えば、ある説1では、「交感神経支配は低減して、過剰副交感神経優位で全身の代謝を徹底的に減らす」
説2では、「極度の交感神経系緊張が脈拍,血圧,呼吸の低下をまねく。」
説3の「ソマティック・エクスペリエンス(SE)」のピーター・ラヴィーン博士の説では、「闘争も逃避も叶わないとなると、過剰な交感神経の覚醒から生命を守る為に、副交感神経も同時に覚醒し始める。 交感神経と副交感神経の同時活性化が起きる。 それにより生命維持システムに過剰な負荷がかかり、システム自体が崩壊するのを防ぐ為に、シャットダウンする。」とあります。 シャットダウンは身体の凍りつきです。 私はシャットダウンするとの部分で、ピーター・ラヴィーン博士の説を採用します。
ちょっと気になる点は、動物の例で考えると、「肉食動物に食べられるかどうかの瀬戸際で、緊迫して時間もないのに、一時的に副交感を上げるような、まどろっこしいことはしないで、神経伝達速度の速い交感神経だけを、下げた方がてっとり早いのに、そんなことをするかな~」です。
それでも本の中の基底に流れている「身体に刻まれ留まるトラウマ」の考え方に繋げるには、交感神経と副交感神経の同時活性化後のシャットダウンという一手順増えた過程があった方が理解し易いです。
最終的には同じ結果になります。 それは背側迷走神経複合体の状態では交感神経と副交感神経の両方の活動の低下状態と考えています。 PCなどのレジュームモードであったり、省エネモードです。 心拍数は低下、呼吸も低下、胃腸の運動も低下で最低の生命維持部分だけだ動いています。
昔から怖い体験をすると「背中が凍りつく」と表現をします。 恐怖で固まることです。 背側迷走神経複合体の状態です。 背中の筋肉が冷えて固まっている状態です。 心拍が低下して、心臓から背中の筋肉への血液供給が低下して筋肉に血が通っておりません。 それで冷えていると考えています。
それで、あるトラウマを抱えておられる患者さんの背中の背骨に沿って、肩甲骨の周りに広範囲にお灸をすると、その後がすごく楽になるとコメントされました。 そのことからも筋肉を緩めると、副交感神経の活動が高まるので、その治療が有効であると分かります。
それと同時に背骨の内臓に近い下側というか裏側には、交感神経幹と言って交感神経の大きな神経の束が走っています、範囲は首の高さか尾骨までです。 お灸をすることで、その交感神経にも刺激が伝わって、交感神経の活動も高まることになります。
結果として、副交感神経と交感神経の両方が高まり、背側迷走神経複合体の状態である「背中が凍りつく」のレジュームモードからの復帰になります。 残念ながら、パソコンと違い、「ボタン一発」という訳ではありませんが、それでも回復も向けての重要な施術の一つになります。
海馬は大脳辺縁系の一部で、記憶・学習能力に関わる脳部位である。海馬はストレスに対して非常に脆弱であるとされ、心理的・肉体的ストレスの負荷により長期間コルチゾールに曝露されると神経細胞の萎縮を引き起こす。
成体大脳の側脳室周囲組織,いわゆる脳室下層と海馬歯状回には,自己複製能と多分化能を保持した神経幹細胞が生涯にわたって存在し,新たな神経細胞を産生し続けることが,ヒトを含めた様々な哺乳動物種において確認されている。 内在性神経幹細胞による神経新生は,脳損傷により亢進すること,そして損傷部位の再生に寄与することが明らかとなっている。
(2018/5/22)
多重迷走神経理論(ポリヴェーガル理論)の実践を追加 (2020/1/24)